大木 祐二
monofarm編集室
編集長
mononfarmウェブマガジン編集長を務め、monofarmの発起人でもあります。
未来のものづくりはどういった「コト」や「モノ」であるのかを通じて、みなさんとのつながりを求めてウェブマガジンを立ち上げました。
monofarmから新しいものづくりの芽がたくさん育つことを目標に活動中。

記事の絞り込み

東京の森林地帯、奥多摩の真の魅力とは?「東京・森と市庭」の新たな「東京の市場」づくり。
現在「市場(いちば)」として定着し使われている言葉は、その昔「市庭(いちば)」として使用されていました。その語源は、神社・仏閣の境内(庭)に人々が集まり「商いの場所」として活用されていたことからなるようです。まさに「市庭」は、地域で取れた薪や炭、農産物が日々交易される、「森と都市と人」が同期する「庭」でありました。現在使われる「市場」は、「庭」という意味合いは薄れ、世界中の誰もが貨幣を媒介として自由に「物(商品)」と「サービス」の売買を行う「マーケット」という意味合いが強くあります。それは、「森と都市と人」とのつながりが希薄となり、「貨幣価値」だけに左右されることでもあるようです。しかし、今も「都市と森と人」は希薄でありながらも確実に同期しつながっています。

このことに目を向け、東京都の奥多摩で活動する株式会社東京・森と市庭の菅原 和利さん(以下、菅原さん)にお話をお聞きしました。

TMI_image01

株式会社東京・森と市庭 菅原さん


post_strong_01 私たちは、現在の「市場」のような「大量生産・安さの追求」による貨幣価値にしか頼らない「いちば」だけではないと考えます。
post_strong_02

その考えには、どのような背景があるのでしょうか?


post_strong_01 今も昔も全てのものが有機的につながって物事はなりたっています。昔は「都市と森と人」全てが同期していることを皆が意識していました。人々が快適に暮らすために「森」を管理し、そして「森」が管理されているということは「木材」にまだ価値があり、都心でも木を使う文化がありました。
post_strong_02

続けて菅原さんは話します。


post_strong_01 それが、戦後木材不足のため、国の政策により杉・檜の大量植林が行われ、それでも足らず海外から材木を輸入することになります。輸入材は、杉・檜に比べ品質や納期が安定し扱い易いため国内で広く流通し、次第に国産材に取って代わって使用されるようになりました。これを機に、国産材は市場価値が下がっていき、さらに工業製品など新たに様々な材料が誕生し流通し始めたことにより、「木」自体が使われなくなり、日本の「山」は手入れが行き届かなくなり薄暗くなって行きました。このような現代であっても、「都市と森と人」全ては繋がっています。私たちは、「木」に関する生産・加工事業を行うことで、昔とは違った形で都市において木を使う価値を高めることを目指し、都市で木が使われることで森にも元気が返っていくような仕組作りに取り組んでいます。
post_strong_02

このような「東京・森と市庭」の取り組みの中で、今回取材場所となる「奥多摩フィールド(旧・小河内小学校)」はどのような役割となるのでしょうか?

TMI_image02

平成16年3月末をもって閉校となった旧・小河内小学校は、「奥多摩フィールド」として 多目的に利用できるスペースとなる(管理・運営会社:株式会社東京・森と市庭)


post_strong_01 「奥多摩フィールド」は、私たちが活動をする上で一番大切にしている場所です。私たちとつながりのある東京の森林所有者さんにとって、「木」が売れることは大変重要なことです。しかし、購入するお客様は、ただ買うだけではなく「人生を豊かにするために何かを体験すること」も重要とされています。そのために私たちは、お客様にただ「木を販売する」のではなく、「木」が育つ「森」のある奥多摩に来ていただき「多摩産材を購入することで森の間伐がなされ、結果的に森が明るくなっていく」ということを実際に体験していただいています。そういった経験が、東京の木を身近に感じていただくきっかけになると考えます。そのきっかけが生まれる場として、ここ「奥多摩フィールド」は奥多摩の森林の雰囲気を味わえる空間、お客様をおもてなしする空間であり、大切な「市庭」なんです。
post_strong_02

「奥多摩フィールド」は、様々な奥多摩の魅力を伝える「市庭」としての役割もあるようです。


post_strong_01 東京都内からキャンプやバーベキュー、トレッキング、河でのアクティビティを楽しむために奥多摩に来る方々がいます。このようにレジャーとして楽しむ奥多摩もいいですが、もう少し深く奥多摩にある魅力を味わっていただくことで、みなさんの故郷のような場所にもなれると思うんです。そのために、ここ「奥多摩フィールド」から奥多摩の魅力を発信し、第二第三の故郷として何度も足を運んでもらえるようになれば良いなと。さらには、レジャーがきっかけでこの場に赴き、木工のワークショップや間伐体験、収穫体験などをしていただくことで、ご自身の住まいや働く場所に徐々に東京の木を取り入れていっていただくことが目標です。
post_strong_02

TMI_image03

奥多摩フィールド 【施設紹介1】:シェア型の木工室では、現在国産材で作るカヌーワークショプが展開されている

TMI_image04

奥多摩フィールド 【施設紹介2】:奥多摩地域住民と都市住民との交流場として、利用出来る空間

TMI_image06

奥多摩フィールド 【施設紹介3】:旧・小河内小学校、最後の卒業生が使っていた教室には、当時の面影が残っている

現在「奥多摩フィールド」がある奥多摩の小河内エリアは「過疎地」とされる超限界集落と言われています。そんな中、菅原さんはこの地を選び移り住んでいます。その理由についてお聞きしてみました。


post_strong_01 統計的には人口が少ないと「過疎」となりますが、この地に根ざした人や、愛着がある人がいなくなることが本当の「過疎」であると感じています。僕自身も現在ここ小河内に移り住んで来ましたが、もともとこの場所に関心があったわけではありません。ちょうど大学生の時が「地球温暖化」や「持続可能な暮らし」という言葉が出始めた頃で、僕もそこに関心があり大学の環境学部に入り、自分なりになんとか解決できるようになりたいと考えていました。それならば、自分自身が「持続可能な暮らし」を行うことがまず大切と感じ、現職に就くと同時にここ奥多摩に移り住みました。この地には「持続可能な暮らし」を昔から行う方々がたくさんおり、むしろこのような暮らし方があたりまえになったら環境問題自体もなくなっていくと感じ、僕もこの地に根ざし働き暮らしています。
post_strong_02

TMI_image07

旧・小河内小学校を卒業する最後の卒業生に向けた、先生の送り出すお祝いの言葉が今でも黒板に書かれたまま残されている

そもそも奥多摩のどのような所が「魅力」なのでしょうか?


post_strong_01 それはよく聞かれます(笑)。「自然が魅力」であれば同じような場所は他にもたくさんあります。そこで考えたんです。「人は何でその土地に根付くのか」と。私が奥多摩に対して魅力を感じているのは、「人」ではないかと思います。大学生の時に山暮らしをしている方に話を聞いたり、観光で頑張っている方に話を聞いたりするなかで損得勘定抜きに関心を覚え、みなさんと良い関係性ができていきました。やはり、お世話になった方々がいる奥多摩という場所であるから移り住みたいと。そうでなかったら、多分移り住んでいないと思います。ここ小河内から奥多摩をPRするコミュニティ、Ogouchi Banban Company (OBC)という魅力ある団体もできてきましたしね。
post_strong_02

TMI_image08

Ogouchi Banban Companyが「JIMOT CM COMPETITION(主催 沖縄国際映画祭実行委員会 / 運営 株式会社よしもとラフ&ピース)」において、東京代表に選出されました

最後に「東京・森と市庭」の今後の目標をお聞きします。


post_strong_01 私たち「東京・森と市庭」は、森林所有者さん、林業関係者、そして地域に暮らす方々がきちんと自立して生計を立てられ、ずっとこの地で暮らしていける「仕組みづくり」を目標に掲げています。そのためには、「木材」の生産・加工事業を軌道に乗せ、「森」から「都市」に木材を供給する体制を整え、同時に「奥多摩フィールド」などを活用し、「都市」と「森」の間を人が行き交うことで「都市と森と人」が同期する「市庭づくり」を目指していきます。
post_strong_02

東京の森林地帯である奥多摩の魅力は、この地域で暮らす方々との出会いそのものと菅原さんは語ります。東京の「都市」と「森」とを同期させるために欠かせない「市庭」は、奥多摩で暮らす方々との出会いでカタチづくられる新たな「東京の市場」なのかも知れません。


株式会社東京・森と市庭
facebook
奥多摩フィールド(旧・小河内小学校)
Ogouchi Banban Company

関連記事